常識は、敵か?味方か?

常識とは? ①IT企業社長・日向徹の場合

 

以前やっていたドラマ「リッチマン、プアウーマン」の主人公で、小栗旬扮する破天荒なITベンチャー社長、日向徹。

 

あまりにも革新的な彼の考え方についていけない取締役たちは、忠告しようとします。

「日向社長、それは常識的に考えて…」

しかし、取締役たちを遮って、日向徹はこう叫ぶのです。

 

「常識? あー、凡人が仲良く生きるためのルールか」。

 

常識とは? ②デザインの第一人者・山中教授の場合

 

僕たちが普段何気なく使っているSuica

その読み取り機械部分をデザインしたのが、慶應SFCでデザインの研究をしていらっしゃる山中俊治教授です。Suicaの導入に際しては、田町駅に臨時改札を設置してたくさんの実験が行われたそうです(山中ブログ)。

最近では、短距離走選手の義足をデザインするプロジェクトに携わっていたそうです。美しすぎる義足、まさにそんな感じです。(山中ブログ)。

 

山中教授と日向徹の”常識観”は、非常に似通っています。

ここでのポイントは、”常識=敵”としての捉え方です。

 

常識とは? ③民法学者・池田教授の視点をヒントに

 ここでは、民法学者である池田真朗教授の言葉を引いて、法律学における”常識”の位置づけを考えてみます。

 

「なぜ法律学にはノーベル賞がないのだろうか。」

その理由として、法律学が「飛躍的にその学問分野を発展させるような発明発見とは無縁であることが挙げられる」。

「成文法の国の場合は、まず各法律の条文があり、その不足部分を埋める判例法理の蓄積があり、さらにそれに修正発展を促す学説があり」、

「法律学の発展に寄与する者は、…先人の築いたケルン(引用者注・登山道に記念や道標として積まれた石塚のこと)にまさにひとつずつ石を積む、地道な作業をくりかえしていかなければならない」。(参照・池田『民法はおもしろい』)

 

池田教授の言うケルンを、”常識”と入れ替えて読むことが可能かと思います。

積み上げられた”常識”を知り、俯瞰することで初めて、石塚のどの場所にどのような形の石を置くとうまく積み上げられるか、または新しい問題を提起し、新しい石塚を作る一石を自分が投じるべきなのかを知ることができます。

 

とすれば、法律家にとって法令・判例・学説などの”常識”は、裁判所を説得し自らに有利な判決を導き出すことで、石塚に新たな”常識”を積むための前提であり、”武器”に他なりません。

 

法律家にとっては、”常識=武器”。

常識は敵ではなく、紛れもない”味方”なのです。

 

敵か味方か、あなたはどっち?

日向徹・山中教授・池田教授の意見を参考に、”常識”について考えてきました。

 

薄々お気づきとは思いますが、今回の記事、実に内容がない。あまりにも当たり前のことを言っているにすぎないものになってしまいました。申し訳ないです。

 

選んだテーマが悪かったです。

だって、”常識”は敵でも味方でもない。

そんなの”常識”、ですよね?

 

それでは。もんもん。

 

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