ニワトリが先か、卵が先か

妄想族のみなさん、こんにちは。

 

今回の記事は、僕の単なる妄想です。

ぶっ飛びます。飛躍します。I CAN FLY!!します。

 

ニワトリと卵、どっちが先か。

結論から言うと、僕はニワトリが先だと思っています。

 

早速話は変わりますが、地球が自転・公転しているのは、ただの惰性が原因らしいです。地球が出来たときその瞬間から、自公転しており、空気抵抗もなく止まる原因がないため、そのまま自公転を続けているとのことです(参照・JAXA学研)。

しかし、 出来た瞬間から自公転していたとは言っても、地球ができる直前に自公転の原因となった物質がなぜ一定方向に移動していたのかは、僕にはいまいち理解できません。

 

で、思いました。

「物質はもともと移動せざるを得ない性質のもの」ゆえ、自公転の直前になぜ物質が移動していたのかに答えはなくて、「そういうものだから」としか答えようがないのかな、と。

物質を構成する原子や電子、さらにはそれらを構成する素粒子って、振動しているらしいですね。量子力学という分野で扱う内容らしいです。

ミクロレベルで見れば全て振動している。とすれば、逆にマクロレベルで見ればミクロの振動が蓄積されて(完全なる仮定ですが)、何かしら変化・変動せざるをえないのが物質で、物質の塊である星は移動せざるをえない性質のものである。

そんな風にいえるのではないかな、と。

 

で、 思いました。

地球の自公転の話をニワトリの話に援用できるのではないか、と。

つまり、地球は生まれたときから自公転していて、だんだん自公転するようになったのではない。

じゃあ、ニワトリだって段々進化していく中でニワトリのDNAを持った突然変異が生まれたのではなく、この地球に出現した瞬間からニワトリは大人の独立したニワトリだったはずだ。

と、僕は思うのです。

 

これをさらに飛躍させ、僕はこう考えます。

物事は、何か必要性があるからそれが存在するのではなく、最初から何となくそこに存在するのではないか。つまり、物事に意味なんてない。全ては単なる偶然の産物というわけです。

 

例えば、S・D・レヴィット、S・J・ダブナー『超ヤバい経済学』に、キース・チェンという経済学者がした実験:「サルの群れにお金の使い方を教えたらどうなるだろう?」が載っています。

そこではなんと、サルがお金の概念を理解し、さらに雄サルが雌サルを買春したという衝撃の事実が報告されています。

他にも、サルも人間も、損することを圧倒的に恐れることが統計上明らかで、「株式市場の投資家のほとんどは統計的にサルと見分けがつかない」とチェンは言います。

これらの実験を受け、本はこうまとめています。

「人間と、ああいう脳みそが小さくて食うかヤるかばっかりのサルは、相変わらずそっくりだ」と。

 

あれ?

僕たち人間は「理由があって」(例えば生存競争に勝つためとか)サルから進化してきたのではなかったのか?

 

もうひとつ小話を。

 

なぜ鳥類の中でカラスが突出して賢くなったのか。

唐沢さん(「カラスはどれほど賢いか」などの著作がある唐沢孝一埼玉大学講師(鳥類生態学))は説明する。

「カラスは猛禽類のように鋭いつめなど特別な武器がなく、水に潜れるわけでもない特長のない鳥だ。

生き残るためには頭脳に頼るしかなかったのが髙知能化の理由だと思う。

それに、お盆や正月で生ごみの量が減るなどえさが安定供給されない都市環境での生存には貯食などの学習応用能力が必要になる。生来の頭の良さに加えて、都市生活の厳しさが知能をどんどん高度化させている」

東京新聞 2002年(平成14年)8月13日(火曜日)朝刊より転載。

 

え?

特徴がないって言うけど、じゃあ、なんでカラスは厳しい都市環境から離れて、猛禽類のような鋭い爪を磨くとか、水に潜れるよう練習するとかいう形の「進化」をしなかったのか?

 

僕はやっぱり、地球もニワトリも人間もサルもカラスも、「たまたま」そういうものだから、っていう考え方に(考え方なのかは微妙ですが)共感してしまいます。

 

物事に意味はない。全ては偶然でしかない。

 

妄想族のみなさん、どう考えますか?

 

最後に名言を。

『私たちの生き方には二通りしかない。奇跡など全く起こらないかのように生きるか、すべてが奇跡であるかのように生きるかである』ーアルベルト・アインシュタイン

 

それでは。もんもん。

 

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