あきらめることの本質と展望

 

このツイートをきっかけに書いた記事、「法科大学院とAKB48に、共通点なんてある?」の続編です。

 

法科大学院とー」の記事では、法科大学院AKB48の制度的共通点について概観し、両方とも「あきらめにくい制度」であると述べました。それが良いのか悪いのかは別問題として、そういう特徴があるということです。

 

今回の記事は、「あきらめることの本質と展望」と題して、その続きを考えようとするものです。

 

もっとも、「あきらめること」については、実は今の僕では書くのにまだまだ力不足であると感じています。

僕はそれなりに負けず嫌いですし、自分なりに挫折も経験してはいますが、いかんせん25年しか生きてきてないし、苦渋の決断として何かをあきらめた経験がないからです。

 

そこで、古今東西、たくさんの人の言葉を借りて、「あきらめること」について考える記事にできたらな、と思います。

 

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「大人になるというのは、「やればできる!」を一つずつあきらめていく作業だと思っています。」―予備校講師・林修

(参考インタヴュー:林修のプロ論) 

 

「夢を追うことは若者の特権? 確かにそうかもしれない。しかし、夢を追い続けてボロボロになってしまった30代の若者がいたとしよう。あなたはその彼・彼女に対して責任を取ることができるだろうか? え、それは自己責任だって?」ー社会学者・古市憲寿『希望難民ご一行様』

(参考インタヴュー:「終身雇用や年功序列前提で20代から働かされるのは魅力的じゃない」「頑張って報われるかわからないのに頑張るのは無駄」

 

「君達は40倍の倍率をくぐり抜けた才能ある芸術のエリートです。あなた方はすごい才能を持っている。しかし、その内の9割はその中で突出している1割を磨くためだけの原石にすぎないのです。」ー芸大の入学式で言われると噂の言葉

 

「為せば成る、為さねば成らぬ、何事も」ー米沢藩第9代藩主・上杉鷹山

 

「努力したって全部は報われないかもしれない。運も必要かもしれない。でも、努力しなきゃ始まりません。私にとって努力とは、無限大の可能性です。正直キツイな、と思うことも沢山あります。ですが、頑張った先に私たちの夢があります。だから私は、やり続けたい。」ーAKB48総監督・高橋みなみ

(参考動画:第4回選抜総選挙6位のスピーチ

 

「いつまでもいつまでも「頑張ればやれる」などと思ったまま大人になるのは、本当に幸せなことなのでしょうか? 仮に非常に早い段階で「自分にはなれない職業がある、手に入れられない生活がある」と理解したとしても、人生全部を諦めて絶望する必要は全くないのです。寧ろそれは早めに「進むべき道が現実的に選べる」ということを意味します。」ーブロガー・ちきりん

(参考記事:「人生は早めに諦めよう!」

 

「最後まで… 希望を捨てちゃいかん。あきらめたら そこで試合終了だよ」ー湘北高校バスケ部監督・安西光義

 

「「あきらめたらそこでー」の言葉の意味はわかる。難しいのはその境目。「逃げて諦める」なのか、「自分は違うと思ったから諦める」なのか、そこが混濁しちゃっている。100mの時もすごく悩んだ。最初に決めたことを諦めた人間が次で成功できる分けないと言われた。しかしどこまで続けたら諦めなかったことになるのかというのを教えてくれた人がいなかった。」-400mハードル世界選手権銅メダリスト・為末大

(参考対談:前向きに諦めること

 

「勇気を修養するものは、進む方の勇ばかりではなく、退いて守る力の沈勇もまたこれを養うよう心掛けねばならぬ。両者がそろって真の勇気が成る。」-元国際連盟事務次長・新渡戸稲造

 

「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ」ー落語家・立川談志

 

ロールズが指摘しているように「自分が才能に恵まれ、社会で有利なスタートを切ることのできる場所に生まれたのは、自分にその価値があるからだ」と言える人はいない。われわれがたまたま、自分の強みを高く評価してくれる社会に生きているのも、われわれの手柄ではない。それを決めるのは運であって、個人の徳ではない。」ー哲学者・マイケル・サンデル『Justice』

 

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「あきらめること」についての周辺で繰り広げられている、実に様々な言葉を拾ってみました。

みなさんの心に何か引っかかってくる言葉や、まさにそうだよね!と共感できる言葉はありましたか?

 

さて、僕はこれについてどう考えているかと言いますと、昔、こんなツイートをしていました。

 

これは、「あきらめること」について直接言及するものではありませんが、少なくともその周辺については述べられていると思います。

 

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さて、「あきらめることの本質と展望」なんて大それた題名の記事もそろそろ締めましょうかね。

 

…え? 言葉だけたくさん並べ立てられて、これじゃあ消化不良だって?

 

それは、しょうがないです。自分で消化してください。

僕だって、まだ消化できていないんですから。

 

さらに言えば、僕は本当に「あきらめることの本質と展望」を理解できる日は来ないかもな、なんてことを思っています。

 

死後の世界があるとすれば、死んだ後、すなわち、人間の最後の希望である生きることをあきらめた後じゃないと、本当の意味で「あきらめることの本質と展望」なんて理解できないんじゃないかと。

 

ま、そう考えると、「あきらめることの本質と展望」なんて一生理解できなくたっていいや、って思えてきます。

 

そうすると、結局この記事の意義が失われてしまう気もしますが、その点の評価はみなさんにお任せします。

 

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 最後に、「法科大学院とー」の記事で取り上げた元AKB48の中塚智美さん(@tmm_n0618)ですが、ちょっとブログを拝見してみました。

 

8月末に友人たちとプールに行ったらしく、「プールなんて入ったの何年ぶりだったんだろー。今年の夏は、ほんとに充実してる。」とのことです。

「充実」してるのがプライベートなのか、仕事なのかは不明ですが、友人や仕事の幅も増え、とりあえず楽しい日々を過ごしているようで、何よりです。

 

「今は気付けなくても、もう少し時間がたてば沢山の幸せに気付ける」

 

中塚さんが最後に言ったこの言葉を、まさに噛みしめている瞬間、といった感じでしょうか。

 

何だか、見てるこっちも嬉しい気分になるのが、不思議ですよね。

 

それでは。もんもん。

 

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