アイドルに恋するということは、きっとつらいことなのだ

今回の記事は、ひとりのアイドルヲタク青年の独白録です。自分が3年半以上、アイドルを応援してきて、アイドルに対してどういう感情を抱いているのか考え、悩んできた青年の葛藤をつづったものです。

アイドルヲタクの内面に興味がある全ての人にとって、「あー、そういうものなのかな」と一応納得できるものを示せるでしょう。

それでは、めくるめくヲタクの内面へ、いざ行かん!

 

「AKBってキャバクラと一緒でしょ」という意見

『キャバ嬢の社会学』を書いた北条かや氏は、ブログでこう書いています(大島優子の卒業と「AKBブラック企業説」 - コスプレで女やってますけど by 北条かや)。

80年代の流行語にもなったキャバクラは、「おニャン子クラブ」のヒットに象徴される「素人ブーム」に乗って拡大してきたビジネスです。要は素人の女の子をアルバイトとして雇い、彼女たちの「普通っぽさ」を打ち出すことで、プロのホステスが接待してくれる高級クラブとの差異化をはかったのですね。初期のキャバクラでは「3回通えば店外デート」が売り文句でした。

AKBもこれとよく似ていて、基本的には素人の女の子をたくさん集め、人気投票で競わせる仕組みです。ファン(お客さん)との接点を多く作り、「会いに行けるアイドル」として身近さを売りにしています。

この意見に関しては、全く争いようがありません。

素人性が売り、接触あり、値段もお手頃。全くその通りだと思います。

『キャバ嬢の社会学』によれば、キャバクラに来るお客さんは、素人との出会いを期待し、「その延長線上には、若い女性と性関係をもちたいという欲望がある」、また、「キャバクラの客は、店のつくりやシステムから、キャスト(注:キャバ嬢の呼称。女優という意味合い)に一対一の恋愛感情を抱きやすい」とのこと。

お金を介して疑似恋愛を楽しむという良識ある客だけでなく、本気で入れ込んじゃって、キャストの個人情報を欲しがったり、店外デートに誘いまくったりする客も結構いるそうです。

キャバ嬢に対しては、恋愛感情を抱きうる。

一方で、アイドルに恋愛感情を抱くことはないというのが僕の持論。

 

質問その1 恋愛感情とは?

たまに聞かれるんですよ。「アイドルの水着写真とか見たときって、(性的に)興奮するの?」って。

結論から言うと、僕は一切しません。男子高校生はアイドルの水着グラビアでもオカズにしちゃうみたいだけど笑

アイドルの水着グラビアを見慣れてしまったせいもあるかもしれませんが、"健康的でハツラツとした笑顔の素敵な女の子"、僕はこんな印象しかうけません。もちろんおっぱいだー、やったー、おっぱいーみたいな気持ちにはなるけど、エロいことへ脳のシナプスがつながることはないのです。

で、男性が抱く恋愛感情とは、結局その子と性関係を持ちたいという感情が通常だろうと思いますが、もちろん僕も同じく。アイドルと性関係を持つことは不可能(と通常の男性であれば理解しているはず)だし、性的に興奮することもないので、恋愛感情を持つことはない、というのが僕の持論だったわけです。

ただ、オギ・オーガス著『性欲の科学』には、「男は、セックスと恋愛を明らかに区別している。男が職場や電車の中で簡単にポルノを見ることができるのも、それがそのせいだろう」とあります。言われてみるとそうかもな、職場や電車でポルノを見たことはないけど笑、彼女がいるときでも一人ならば普通にAV見たりするしな。

とすると、セックスの欲望だけを恋愛感情にしてしまうのは、いささか狭すぎるかなぁということで、次のツイート。

恋愛とは、自分が認めた相手から、自分の価値を認めてもらうことに外ならないので、多大な自己肯定感を得ることができるものだと思います。一緒に食事したりデートしたりセックスしたりするのは、自己肯定感を得るための手段にすぎないのではないか、そんなことが言えるかもしれません。

握手会に何度も通っていくうちに、ある日メンバーから「また来てくれたんですね!お名前は何というんですか?」などと聞かれたものなら(俗にいう"認知")、その瞬間、自己肯定感が高まりすぎてファンなら天にも昇るような気分になるでしょう。それって、告白してOKもらったときと同じような感じで、恋愛と同じかも、なーんて思うに至りました。

そう、キャバ嬢に対しても、アイドルに対しても、恋愛感情は抱きうるんだ。

 

それでも僕は、恋愛感情は抱かない…? 

この前の7月6日、僕は初めて握手会なるものに行ってきました。ライブ映像のDVDを購入した特典で9秒分の握手券が付いてきたので、一番好きなメンバーである山本彩さん(NMB48チームNAKB48チームK兼任)と握手してきました。その時の感想は以下の通り。下記の「さや姉」とは、山本彩さんの愛称です。

だいぶイッちゃってますよね、この一連のツイート…笑

子どもとの触れ合い?目に入れても痛くない?さすがにこじらせすぎww

ここでは「疑似恋愛ではない」とつぶやいていますが、「キラキラした目でこっち見ながらギュッと手を握って一生懸命会話しようとしてくれているその行動」が可愛いと言ってて、かなりキモいわけですけど、これは自己肯定感を得るためという広義の恋愛に含めていいでしょうね。

握手のとき、ファンを拒否するメンバーはいないので、ファンが自己肯定感を得られるのは当たり前。とすれば、メンバーがこちらを「いつも来てくれる人だ!」と認知していようがいまいが、握手会に行って触れ合うという行為自体、広義の恋愛に含めざるを得ないですよね。

 

質問その2 推すことで自己肯定感は得られるのか?

では、握手会に行っていない多くのライトファンは、どうなのでしょう。彼ら、彼女らには(広義の)恋愛感情もないのでしょうか?

かつての僕は、握手会に行ったことはありませんでしたが、ライブには何回も足を運んでいました(これをライトファンと呼ぶかは別として笑)。

僕は単純に楽しいし、感動するからライブに足を運んでいたわけですが(これはとにかく一度行ってみればわかります!笑)、その当時の僕はこんなことをつぶやいてました。

「あの子が好き、単純に」。これって自己肯定感を得られるものなのですかね?

結論からいうと、得られるんじゃないかと。

でも、「あの子が好き」という場合はあくまで自分を肯定する主体は自分であり、相手との行動を想起させる狭義の恋愛はもちろん、相手から肯定されて自己肯定感を得るという広義の恋愛にも、含まれないと考えます。

以下で、推すとは、ファンとして応援することを言います。

なんか小難しいことを書いちゃっていますが、僕がこの共同体うんぬんの議論をする前提として参照していた社会学者の宮台真司氏が、非常にわかりやすく解説してくれています(今、かっこいいビジネスパーソンとは vol.1 ベタな現実に右往左往しないこと 首都大学東京教授/社会学博士 宮台真司|ビジネスコラム|仕事を楽しむためのWebマガジン、B-plus(ビープラス))。

「ホームベースが存在すること」は、生きていくうえで重要です。一神教の信仰者なら、ホームベースは、神との関係で築かれた自己の内面にあります。つまり、ホームベースは何でもいいのです。心の中にあるのでもいい。家族でもいい。恋人でもいい。親友でもいい。趣味のサークルでもいい。仁侠ネットワークでもいい。

現実社会がいかに流動的であろうとも、そこでの絆だけは変わらないと信頼できること。それが信頼できれば、人は酷薄な状況に「耐える」ことができます。 

アイドルを推し、その共同体で小さいながらも何か役割を演じているという実感が自己の存在意義を確認させ、一種のホームベースを与えてくれるといえ、そこに自己肯定感が生まれると考えます。

広義の恋愛には含まれないけど、自己肯定感が得られることは確かなんでしょう。

 

最終質問 「単純に好き」とは?

アイドルに対して性的感情を抱くわけでもなく、握手会にそんなに行くでもない。そのアイドルと一緒に何がしたいとかでもない。でもそのアイドルのことは好きで、テレビで見たりラジオで声を聞いたりすると嬉しいし、人にその話をするのは楽しい。

「単純に好き」。それ以上でも、それ以下でもない。

結局これって何なのでしょうか。"恋愛"ではないにしても、一方的な"恋"みたいなものなんでしょうかね?

さて、ここで突然ですが、2010年のミス日本ファイナリストで、現在はフランスの女性と国際同性結婚をされているタレント・レズビアンライフサポーターの牧村朝子氏の著書『百合のリアル』から、お言葉を頂戴しましょう。

たとえそれが同姓であっても、あなたが誰かを愛する気持ちを、未知のものみたいに恐れないでください。「レズビアン」や「ゲイ」という言葉で説明しなくても、本人がその気持ちを感じるのならばそれだけでもう十分です。あなたが女で、好きな人も女で、彼女を見ていると幸せで、彼女に幸せでいてほしくって、できれば自分といてもほしくって、でも手が届かないかもしれなくって、はがゆいけど、せつないけど、とにかく彼女が生まれてきてくれてよかった!そんな気持ちを恋愛かどうかとか、レズビアンかどうかとか、線引しないでそのまま受け入れてもいいと思います。それが自分の気持ちだって。

なんだか随分と壮大な話を引用していますが笑、僕が言いたいこと、わかりますかね?

僕はアイドルヲタをやっていますが、それはあまり理解されない行動ないし感情なわけです。理解できないことって、なんだか怖い。だから、僕のことを少しでも理解したいという表れなのかもしれませんが、みんな聞いてくるわけです。「素人集団のどんなところがいいの?」「水着を見て興奮するの?」「ライブってどんな人が周りにいるの?」「握手会どうだった?」と。そして、「結局疑似恋愛ではなくて?だって今彼女いないじゃん」と納得して理解した風になる。彼女いた時からヲタやってるわ!といつもツッコミを入れてますが笑、僕も正直なぜ自分がアイドルを好きになってこんなにハマっているのかわからない(以前の記事では、たまたまだと一応結論めいたことは言っていますけどね笑)。自分で言うのも変だけど、僕は一応若者なりの雰囲気だし(たぶん)、いかにも脂ぎったシャツインしている"ヲタク"なわけではないし、"普通"なんです。でも、世間一般から見たら多分ロリコンなわけだし、"普通"ではないかもしれない、他人と違うのかな、なんてという不安がないといったら嘘になる。だから僕も、こんな長々とした記事を書いて、「これは恋愛感情なのか?どこからが恋愛感情なのか?」などとカテゴライズを試みて、理解しようとしている。牧村氏の言葉を借りるなら、「線引き」をしようとしている。

でも、そんなこと、どうでもいいや。好きなものは好きだし、うまく分類できないんだから、こればっかりはしょーがない。

そんな気持ちで最後の牧村氏の言葉を引用したわけです。

 

さて、僕は最初に「アイドルヲタクの内面に興味がある全ての人にとって、「あー、そういうものなのかな」と一応納得できるものを示せるでしょう。」などとぶちあげました。

納得いく結論は見えましたでしょうか?

いやいや、結局最後は検討を放棄してるじゃないか、どういうこうっちゃ、と。

そうなんです、すいません。最後に放棄しちゃうことも含めて「あー、そういう感じね」と納得して頂ければ、なーんて思っちゃってます。てへぺろ

 

自分の内面がわからないという不安にどうにか応えようと始めた「線引き」でしたが、そんなものはくそくらえ!線引きをするための「言葉」ではなく、自分がどう感じているかという「事実」こそが大事なのだ!そんな感じの結論になりました。

得体が知れない不安に気持ちが覆われてしまったら、「事実」に着目して、「事実」を大事にする。そうすると、雨が降ったあと晴天が来るかのように、不安は去っているかもしれません(言葉との向き合い方―この記事信じるべからずでも同じようなことを書いています)。

 

「事実」こそが大事だとわかったところで。

最後にみなさんにとって重要な事実をもうひとつ、お伝えします。

 

 

 

来週、僕はまた握手会行ってきます。もちろん山本彩さんのもとへ!

 

 

 

え、結局疑似恋愛だって?

そんなことはどうでもいいんです!何とでも言うがよろしい!

 

それでは、書を捨てよ町へ出よう、いざ握手会へ。

(↑キャバ嬢の社会学寺山修司氏の本のパロディーです)

 

ほんなら。もんもん。

 

***************

追記(2014-11-05)

友人と色々話していて、今回の記事で書いた内容は本当にいち意見にすぎなくって、恋愛のあり方(あると思うべき姿)、好きという感情との向き合い方、その表現の仕方などは本当に人それぞれだなぁなんて思いました。僕自身、先日好きな人が出来たこともあって(さや姉ではない)、自分が抱いている感情についてここに書いたことのようにサクっと「要はこういうことなんじゃねーの?」などと全く言い切れないことにも気付かされました。人の感情って難しいですなぁ。いや、本当はきっとすごく単純なんだと思うんですけどね、単純なことを単純なまま捉えるのって案外難しいなぁ、なーんて思ったりしたのでした。

*****************

追記(2016-01-16)

【AKB48学】コラム5 だから結局『好き』って何?にて、以上の議論をもうちょっと進めてみました。

 

 ⇒Kindle版 

⇒Kindle版 ⇒Kindle版