【AKB48学】コラム1 アイドルは、女神ではなく天使にすぎない

Kindle化を断念した幻の『AKB48学』。そのブログ化企画です。

(経緯と目次はここでご確認ください→『AKB48学』っていうタイトルのKindle本を出そうとしてやめた話

  

*************** 

コラム1 アイドルは、女神ではなく天使にすぎない

 

 NMB48には、「ここにだって天使はいる」という曲があります。

 ちょっと歌詞を見てみましょう。

全てが上手く行かずに 空回りしてた頃

自分が行きてる意味まで 疑い始めたんだ

信じられるものなんて この世には見つからないって

夜明け前の街 彷徨っていた

 

*ここにだって天使はいる 誰かに言われても

周りには気配さえもなかった

感じたのは孤独だけさ 動き出した始発

太陽は輝きながら昇って 僕の夢 影にするんだ

 

未来は幻覚 楽しいだけじゃない

悲しみのそのそばに天使はいる

 

(*繰り返し) 

 楽曲そのものはキャッチーで、、天使の羽をイメージさせるダンスなどもあり、楽しい印象に仕上がっているのですが、歌詞だけを読むとちょっと暗いですね笑

 「天使はいる」と「誰かに言われても」「気配さえもなかった」ということは、そこに天使はいない。少なくとも「僕」には見えていない。そして結局「太陽」は「僕の夢」を「影に」してしまった。全くハッピーエンドではありません。

 なぜ「僕」に天使が見えなかったのかといえば、それは天使が「悲しみのそのそば」にいるのに、僕は相変わらず「信じられるものなんてこの世には見つからない」と悲しみ(現実)と向き合っていないからです。

 一般的にアイドルにハマることは、現実逃避の一手段として考えられがちです。コミュニケーション能力の高くない「オタク」と呼ばれる人たちが疑似恋愛をする、そんな対象だとされています。しかし、この歌詞では、天使は現実と向き合わないとそもそも見えないのです。

 これは現代のアイドルを知る上で、鍵となる考え方だと思います。

 アイドルは、何も全てを癒やしてくれる女神などではなく、あくまで自らすすんで現実に立ち向かう者にしか見えない天使にすぎないのです。天使には何の力もなく、微笑みかけることしかできません。ですが、天使は天使なりに神界で上位に昇るべく競争して頑張っているのです。頑張っている天使を見て、応援し、そしてたまに微笑みかけてくれることにこの上ない幸せを感じ、人間もまた頑張る。

 テクノロジーの進化とともに個人の力が開放され、また多様化した趣味嗜好が受け入れられる時代になりました。絶対的に良いものが存在するという一神教的な価値観は古くなりつつあると思います。

 それはアイドルについても同様で、そこに万能の女神など存在せず、一緒に走って頑張ってくれる伴走者としての天使が無数にいるにすぎません。

 逆に言えば、絶対的アイドルが存在しない今、アイドル的なもの、すなわち一緒に頑張ろうという気持ち(というかこちらが勝手に頑張ろうという気持ち)になれる対象は、何でも「アイドル」足りうるといえます。子どもでもいいし、好きなあの人でもいいし、飼っている動物とか好きな本とか、ぶっちゃけ何でもいい。

 いずれにせよ、そういうアイドル的なもの、これを持っている人のほうが人生は楽しい。だって、それは心の拠り所があるってことですから。

 この本は、アイドルの奮闘記でもあります。どこかで頑張っている「天使」を、あなたもきっと感じることができるでしょう。

***************