【AKB48学】コラム3 『卒業』しても、この世は回っていく

Kindle化を断念した幻の『AKB48学』。そのブログ化企画です。

(経緯と目次はここでご確認ください→『AKB48学』っていうタイトルのKindle本を出そうとしてやめた話

 

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コラム3 『卒業』しても、この世は回っていく

 

 卒業について考えるとき、面白いのは、実は彼女たちが卒業してからもAKBは普通に回っていくということです。2012年に前田敦子さんが、2013年に篠田麻里子さんが、2014年に大島優子さんが、それぞれ卒業し、そして2015年には高橋みなみさんもAKBとしての活動のほとんどを終えました。AKBの礎を築いてきたメンバーが卒業するたび、グループ存続の危機が叫ばれたりしてきましたが、なんだかんだ組織としては普通に回っています。むしろそういう新陳代謝こそ、AKBでは推奨されたりしています。

 これは僕たちの世の中でも全く同じです。誰かその組織において重要な役割を果たしている人が「卒業」したとしても、案外その組織は変わらずに回っていくのです。いなくなったらいなくなったで、みんなそれぞれ適材適所で補完し合い、今までの自分にはなかった働きをみせたりします。「卒業」した人からしてみたら、自分がいなくなってもその組織が回り続けることは本望ではありながら、少しさみしい気持ちがするかもしれません。「結局自分がいなくても大丈夫だったんじゃないか?」と思えてしまうからです。というか、きっと実際ほとんどの人は社会的に見れば代替可能で、似たような才能は溢れているのではないかと思います。

 もちろん僕にとって大島優子さんは代替不可能な唯一無二の存在だったわけで、だからこそ結局彼女の卒業後にAKBオタクを卒業したわけですが、逆にAKBにとって僕は一ファンに過ぎず、代替可能な存在です。大島優子さんがいなくなっても、新しい僕のような人をファンに取り込めるように、もしくは長くファンを続けてもらえるように他にいる300人以上のメンバーが頑張ればいいだけの話です。

 人生で、その人の人生に大きな影響を与えることができるのはたった5人だと言われています。自分がこの世を「卒業」するとき、たった5人だけでも悲しんでくれて、寂しいと思ってくれて、自分に感謝の念を抱いてくれたのであれば、それで人生は万歳だといえます。その5人がまた他の5人ずつに影響を与えて、それはきっと連鎖していきます。たった5人にとっての「アイドル」になること、それだけで世の中はちょっとだけ良くなるのかもしれません。

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